筆が進まないとき、大抵はそのシーンの舞台であったり、登場人物の人間性なんかをきちんと設定できていない、あるいはイメージ出来ていないことが多かったりする。
そういうときはきちんと舞台についての情報を集めたり、登場人物になりきって鏡の前で演じてみたりすると解決につながるのだけど、正直集められる情報には限りがあるし、全てのシーンに対してそんなことをやってはいられない。
だから大事なのは、部屋にものを増やすことだと思う。
これは現実のあなたの部屋にものを増やせということではなくて、舞台にものを増やすということだ。
もう少し話を具体的にする。
私はキャラクターのセリフややりとりから考える性質なので、あるシーンを書こうとすると、鍵かっこ付きのセリフをひたすら羅列してしまうことが多い。
だが当然、これはいけない。稚拙に見えるし、なにより動きがなくて視覚的につまらない。シーンに時間幅が生まれず、登場人物たちがまるで機械的にまくし立てているように見える。セリフの価値が下がる。
だからセリフの間に何か地の文を挟んで、いい塩梅にセリフと地の文のバランスを整えようと画策するのだけど、この作業がとんでもなく苦しい。
主人公が色々と戦略を練ったり、葛藤したりしているのであればまだましだ。その思考を地の文に落とし込めばいいから。
新しい舞台に来たのであれば、あるいは新しいキャラクターが登場してすぐなのであれば、これも楽だ。セリフ間の空隙は、舞台やキャラクターの様子を描写し、読者のイメージを膨らませる用途に充てればいい。
何か危機に対処しているのであれば、むしろセリフではない動きが主体になるはずだから、地の文に困ることはないだろう。
だけども全てのシーンが上の三つに当てはまるわけではない。もっと一般的な会話シーン──例えば何度も登場するキャラクターと、いつものオフィスで話をする──では、地の文で何を語ればいいのだろうか。語ることなんてほとんど残されていない。だからもう、何かしらキャラクターを動かすしかない。
そうやって無理やりキャラクターを動かした結果、登場するのはきょろきょろと視線を動かし、ものを爆食いし、暇があれば息を吸い込んだり吐いたりする落ち着きのないやつである。こんなはずじゃなかったのに。
──と、以上が私の悩みごとだ。
もちろん前提として、なるべくシーンには動きを出し、ただの会話シーンは減らすようにしている。セリフで語る必要のないことは地の文に押し込むようにもしている。だけどもどうしても、会話の羅列というのは必要になってくる。
そこで最近気づいたのが、キャラクター設計と舞台設計の段階から、このセリフとセリフの間を埋めやすくなるように、要素を多めにしたほうがいいということである。
無味乾燥なオフィスには、コーヒーマシンを配置し、太陽光で青っぽく褪せたポスターなんかも貼って、文字が染みついたホワイトボードを放置する。椅子はキャスター付きのものにしよう。そうすれば、コーヒーを淹れさせたり、風が吹き込んでポスターが落ちたり、ホワイトボードの内容が気になったり、椅子を蹴っ飛ばして後ろに滑っていくことだってできる。
せわしないキャラクター問題の本質というのは、行動のレパートリーが少なく、読者が違和感を感じるくらいに同じことを繰り返していることだった。ものもなくできる行動は限られているからだ。だから、部屋にものを増やして、行動のレパートリーを増やす。そうすると、一気に会話が書きやすくなってくる。繰り返し登場するモチーフは比喩的にも使えるから、これは結構便利な手段だ。
同様に、キャラクターにも行動のレパートリーを増やす要素──すなわち、癖や持ち物、身体的特徴などを増やしてあげる。そうすれば、そのキャラクターの登場するシーンは、格段に描きやすくなる。
舞台やキャラクターの設定を詰めようといわれても、何から考えればいいかわからないことは多いだろう。自分を含めてそういう人は、逆算的に、会話シーンを書きやすいよう舞台・キャラクターを作るという発想を持ってみてもいいかもしれない。どちらの発想からでも、上手く要素を増やすことができれば、書きやすいだけでなく、物語全体に独自の色を与えることにも繋がるだろう。